広島高等裁判所 昭和42年(行コ)4号 判決 1968年3月27日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一、当事者双方の申立
控訴代理人は「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人広島市との間の事件のうち所有権移転登記抹消登記請求に関する部分を広島地方裁判所に差し戻す。別紙目録記載の土地につき、被控訴人広島市は広島法務局昭和三九年二月一日受付第二九四三号をもつてした差押登記の、被控訴人国は同法務局同年二月一七日受付第四七六八号をもつてした参加差押登記の、被控訴人広島県は同法務局同年六月五日受付第一八六三八号をもつてした参加差押登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人らは主文と同旨の判決を求めた。
二、当事者双方の主張
(一)、控訴人の主張
1、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は、もと訴外沖根文子、同平田道子、同吉田照子、同山本実、同山本耕三の共有であつたが、訴外橋岡誠一において、昭和三〇年三月一五日右平田を除くその余の者らの各持分合計四万一、五八〇分の三万三、二六四を譲り受け、訴外野崎吉雄において、同年一〇月二四日右平田の持分四万一、五八〇分の八、三一六を譲り受け、その後昭和三二年三月二八日右橋岡が右野崎の特分を譲り受けて、その旨の持分取得登記を経由した。
2、訴外徐万石は、訴外藤本某に貸金債権を有していたところ、第三者である前記橋岡誠一から、右藤本の徐に対する貸金債務の代物弁済として、昭和三〇年四月二〇日頃右橋岡が前記平田を徐くその余の共有者らから取得した本件土地に対する持分合計四万一、五八〇分の三万三、二六四を、昭和三二年四月頃右橋岡が前記野崎から取得した本件土地に対する持分四万一、五八〇分の八、三一六をいずれも譲り受け、本件土地に対する単独所有権を取得するに至つたが、その取得登記は未経由のままであつた。
3、控訴人は、昭和三四年六月二五日徐万石から本件土地を買い受け、同人は同日限り本件土地の所有権を失つた。仮にしからずとするも、控訴人、徐万石および前記橋岡誠一の相続人橋岡信義の三者間の可部簡易裁判所昭和三八年(ノ)第一一号登記手続請求調停事件の同年六月二〇日の適停期日において、徐万石は控訴人に本件土地を売り渡したことを確認したので、同日限りで徐万石は本件土地の所有権を失つた。そして、右調停期日において、右三者間で本件土地につき徐万石の前主橋岡から控訴人へ直接所有権移転登記をする旨の中間省略登記の合意が成立した。
4、しかるところ、被控訴人広島市は、本件土地の真の所有者は徐万石であるとして、同人に対する市税債権を保全するため、本件土地につき、真正なる登記名義の回復を登記原因として、広島法務局昭和三九年二月一日受付第二九四二号をもつて、徐万石に代位し、前記橋岡より徐に対する所有権移転登記を経由したうえ、徐万石に対する広島市長の市税滞納処分による差押を原因として、同法務局同日受付第二九四三号をもつて差押登記をした。その後、被控訴人国は、本件土地につき、徐万石に対する広島国税局長の滞納処分による参加差押を原因として、同法務局同年二月一七日受付第四七六八号をもつて参加差押登記を経由し、また、被控訴人広島県は、本件土地につき、徐万石に対する広島県税事務所長の滞納処分による参加差押を原因として、同法務局同年六月五日受付第一八六三八号をもつて参加差押登記を経由した。
5、右のとおり、本件土地の所有者を徐万石としてなされた被控訴人広島市の代位による所有権移転登記は、控訴人が本件土地の所有権を取得した後になされたものであつて、真実の権利関係に符合しない登記であるのみならず、前記中間省略登記の合意の結果、徐万石は前主橋岡に対する移転登記請求権を有しない筋合であるのに、被控訴人広島市は右の事情を知りながら代位による所有権移転登記を敢えてしたのであるから、該登記は無効であり、右移転登記の有効なことを前提としてなされた被控訴人らの前記各差押登記も無効といわねばならない。
よつて、請求の趣旨記載の判決を求める。
6、控訴人は本件土地の所有権移転登記を経由していないが、被控訴人らはいずれも登記の欠缺を主張しうる第三者に該当しない。即ち、昭和三九年二月一日当時本件土地は控訴人の所有に属していたのに、被控訴人広島市は所有権の帰属主体の判断を誤り、徐万石に代位して同人のため所有権移転登記を経由し、ついで、被控訴人らは徐万石に対する滞納処分としての各差押登記をしたものであつて、真の権利者である控訴人にその不利益を強いるのは酷である反面、自己の責に帰すべき事由により真実の権利関係と矛盾する表徴を作り出した被控訴人広島市にその不利益を帰せしめるのが公平の原則に合致する。
(二)、被控訴人広島市の主張
1、請求原因1の事実のうち本件土地がもと訴外沖根文子外四名の共有であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。同2の事実のうち徐万石が本件土地の所有権を取得した点は認めるが、その余の事実は争う、本件土地はもと訴外沖根文子外四名の共有であつたが、訴外藤本某が徐万石から金借をする際に、右共有者らから物上保証としてこれを提供し、その後右藤本が右借受金の返済ができなかつたため、右共有者らから本件土地を徐万石に代物弁済として譲渡したものである。しかるに、徐は自己名義に所有権移転登記をすることを避け、昭和三〇年三月一五日訴外橋岡誠一名義に移転登記をしたものであり、もともと徐万石の所有のものである。同3の事実は知らない。同4の事実は認める。同5の主張は争う。
2、仮に本件土地の所有権が徐万石から控訴人に移転しているとしても、控訴人は所有権移転登記を経由していない以上、滞納処分により滞納者である徐万石の所有として本件土地を差押え、かつその旨の登記を経由した被控訴人広島市に対抗できない。
(三)、被控訴人国、同広島県の主張
1、請求原因1、2、3の各事実はいずれも争う。同4の事実は認める。同5の主張は争う。
2、仮に本件土地の所有権が徐万石から控訴人に移転しているとしても、控訴人は所有権移転登記を経由していない以上、滞納処分により滞納者である徐万石の所有として本件土地を差押(参加差押)え、かつその旨の登記を経由した被控訴人国、同広島県に対抗できない。
三、証拠(省略)
理由
一、控訴人の被控訴人広島市に対する所有権移転登記抹消登記請求について。
本件土地につき広島法務局昭和三九年二月一日受付第二九四二号をもつてなされた所有権移転登記は、取得者を訴外徐万石とするものであること控訴人の自陳するところであるから、右所有権移転登記の抹消登記手続を求めるには徐万石を相手方とすべきである。従つて、被控訴人広島市を相手方として右所有権移転登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は、被告当事者適格を欠くものとして、却下を免れない。
二、控訴人の被控訴人らに対する差押登記、参加差押登記の抹消登記請求について。
(一)、本件土地がもと訴外沖根文子、同平田道子、同吉田照子、同山本実、同山本耕三の共有であつたことは、控訴人と被控訴人広島市との間では争いがなく、控訴人とその余の被控訴人らとの間では、成立に争いのない甲第一号証によりこれを認める。
そして、成立に争いのない甲第一、第二号証、第三者の作成にかかり真正に成立したものと認められる乙第一号証公文書であることにより真正に成立したものと認める乙第三号証と弁論の全趣旨によれば、訴外藤本某が徐万石から金借するに際し、右沖根文子外四名の共有者が本件土地を藤本の債務の物上保証として提供したところ、右藤本において右債務の返済をしなかつたため、右沖根外四名の共有者が徐万石に対し本件土地を代物弁済として譲渡したこと、徐万石は本件土地の所有権を取得したが、自己名義に所有権移転登記を経由せず、訴外橋岡誠一の了解のもとに、同人名義に所有権移転登記を経由したこと、その後昭和三四年六月二五日頃、徐万石から控訴人に本件土地を売り渡したが、登記簿上は依然として前記橋岡の所有名義に残つていたことが認められる。
そして、被控訴人広島市が控訴人主張のとおり、本件土地につき、徐万石に代位して前記橋岡から徐万石に対する所有権移転登記を経由したうえ、差押登記を経由したこと、また、本件土地につき、被控訴人国および同広島県が控訴人主張の各参加差押登記をしたことは、当事者間に争いのないところである。
(二)、控訴人は、被控訴人広島市が徐万石に代位して同人のためにした所有権移転登記は、その登記をした当時、既に本件土地の所有権が徐万石から控訴人へ売買により移転していたから、無権利者のためになされた登記であるのみならず、右所有権移転登記の経由される以前に、控訴人、徐万石および橋岡誠一の相続人橋岡信義の三者間で中間省略登記の合意が成立し、徐万石は右橋岡に対する登記請求権を失つたのであるから、右代位による所有権移転登記は無効であり、被控訴人らの後続の差押登記も無効である、と主張する。
思うに、橋岡、徐万石、控訴人の三者間で控訴人主張の中間省略登記の合意がなされたとしても、右の合意は、中間者である徐万石が橋岡に対し有する登記請求権を行使せず、控訴人から橋岡に対し直接登記請求権を行使することができるということを内容とするものであるが、右の合意は、登記制度の本質上、第三者に不利益を及ぼさない限りにおいて有効なものと解するのが相当である(原判決の理由中この点に関する説示部分を引用する)。
本件において、徐万石が本件土地の所有者であつたことは控訴人も自認するところであり、また、徐万石が控訴人に本件土地を売り渡しながら登記名義は橋岡誠一に残つている状態のもとで、被控訴人広島市が徐万石に対する市税債権保全のため、本件土地につき、同人に代位し、真正な登記名義の回復を原因として、橋岡から徐万石に対する所有権移転登記を経由したうえ、同人に対する市税滞納処分による差押登記を経由し、また、被控訴人国および同広島県が徐万石に対する租税債権に基づく滞納処分としてそれぞれ参加差押登記を経由したことは、前述のとおりである。
そして、右の事実関係のもとでは、控訴人は、前記所有権取得の事実をもつて、正当な利害関係に立つ第三者である被控訴人らに対抗することができないから、徐万石の前記登記請求権不行使の合意の存在に拘らず、被控訴人広島市が徐万石の橋岡に対する登記請求権を代位行使してなした前記所有権移転登記と差押登記ならびに被控訴人国、同広島県のなした各参加差押登記の効力を争うことはできない。
(三)、被控訴人らの前記差押登記、参加差押登記の存在により、徐万石から本件土地の所有権を取得した控訴人の権利が実質上侵害される結果を生じるとしても、それは登記をもつて不動産の物権変動の対抗要件とした当然の帰結であつて、本件土地の所有権取得登記を怠つた控訴人がその不利益を甘受すべく、なんら公平の原則に反するものではない。
(四)、そうすると、本件土地につき、被控訴人広島市に対する差押登記、被控訴人国および同広島県に対する各参加差押登記の抹消登記手続を求める請求は、いずれも理由がない。
三、以上の理由により、右の判断と同旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由がなく、棄却を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙目録は一審判決添付目録と同一につき省略